皆さんこんにちわ。いかがお過ごしでしょうか。
今日から12月です^^ 師走… 師匠が走り回るくらいに忙しい月…
早いもんです(笑)ついこの前お正月だったような気がします。
サンク福岡の年末年始は 12/29~1/3までお休みとなってます。
年内部品の手配が出来るのは26日までと思ってください。メーカー取り寄せになると23日注文分までだと思います。
帰省や旅行でお車を使う予定の方、早めの点検、オイル交換をお勧めします。
なにかあってからでは遅いですよ~。
さてさて、松浦編が続きますと前回書いてますが…
予定変更でちょっと平戸編です(笑)
みなさんは国姓爺をご存じでしょうか?浄瑠璃や歌舞伎の演目の国姓爺合戦の国姓爺。
本名を『鄭 成功』(てい せいこう)と言う、東アジア開放の父で今の台湾に繋がり、孫文や蒋介石と並んで国父と呼ばれている人
そして、実は平戸の生まれで、父親が中国人の貿易商、鄭芝龍。母が日本人で田川マツ。平戸の方。
母が、海へ貝拾いに出かけた際に産気づいて海岸で生まれたという伝説。
その浜がここ。
写真右の奥、浜沿いに行くとあります。ここは整備された公園になっていて、
説明看板や碑、像が立ってます。像の後ろに見えるのは大江戸温泉ホテル。
ここからほど近くに、鄭家の実家があり、成功は7歳までそこで暮らしていたんだとか。
ここが成功の生家で現在は廟になっているところ。浜から車で2分。
家の横には神社がありなぎの木が植えられていますが、これ、成功が植えたんだそうです。
なぎの葉は葉脈が縦に入っているため、普通の葉っぱの様にちぎることが出来ない。なので縁結びとして縁起がいいそうです。
こちらが廟に祀られている成功。
こちらが生家。資料館になってます。
複製ではありますが、成功の書いた文字と肖像画。※許可を得て撮影しています。
皇帝のような風格ですが、台湾統治時代は鄭家による独自政権を確立していました。
この鄭成功の活躍は、明朝末期に反乱軍により北京陥落。明が滅んで順が建国されるが、北方異民族の女真族の清にあっけなく倒されてしまう。この清が中国最後の王朝。
明は滅びはしたものの、まだ勢力は持っており、そんななか父の紹介で明国皇帝に謁見。
成功を気に入った皇帝は、明の国姓である『朱』を賜らせた。このことから国姓爺と呼ばれるようになる。
やがて清にも圧迫されるようになると、貿易で築いた財を元に私軍を結成し、明皇室に繋がる人を皇帝として擁し北伐を敢行。
浄瑠璃の国姓爺合戦はこの戦いが元になっているが、史実では敗北。
結局清には大敗を喫してしまうものの、台湾を拠点にするために進出。当時、台湾を納めていたのは東アジアに進出してきた、オランダ(東インド会社)。
このオランダを追い出すことに成功した鄭成功。この戦いでの公式記録がオランダにあり、そこには鬼神のごとき鄭軍と書かれ、恐怖に逃げ惑うさまが記されています。
鄭軍として活躍した武将たち。
長々と書いてますが、鄭成功が平戸のその浜で生まれて今年400年。鄭成功400歳。
それを記念して、ランタンフェスティバルが行われています。
綺麗な提灯が飾られています^^
廟も。
夜は資料館には入れませんが、一度足を運んでみてはいかかでしょうか?
このランタンフェスティバルに合わせて、ナイトミュージアムと称して平戸城をはじめライトアップされています^^
来年1/13日まで開催されています♪
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